自分なりに生きた証を残すブログ

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バスキング日記 第1章 フィリピンで温かい人たちに背中を押される

 僕には特技がある。手を組んで息を吹き入れることで「ピーッ!」と音を出すことができ、さらに音程も変えることができるというものだ。これを手笛というらしい。言うだけなら単純だが、コツを掴まなければ音を出すこともままならない。音が安定せず、音域が狭く、音が小さいオカリナのようなものだ。習得する労力が計り知れないわりには、大したことができない、非常にコストパフォーマンスが悪い特技である。いま、この特技を使って世界でバスキング(路上ライブ)をしようとしている男がいる。僕である。シュールな映像になることは分かり切っている。とんだ阿呆である。ちなみに僕は、ギターも弾けるしボールジャグリングもできるしバック宙もできる。なのに、手笛にこだわっている。なぜか?それは、世界で僕の手笛が受け入れらるかどうか試してみたいという好奇心と、こんなに苦労して習得した手笛を、何かに活かしたいというただの意地なのかもしれない。

 

 僕は世界一周をするにあたり、最初の2ヶ月をフィリピンのセブで語学留学することにしていた。海外に行ったことがなく、英語がコンプレックスだったからである。選んだ学校は日本人が経営している旅人が多い語学学校だった。手笛ができるということを事前に伝えたところ、興味を持たれ、受け入れられ、大いにもてはやされた。僕は調子に乗って、手笛のワークショップを開催したりした。参加者は少なかったが、反応はよく、とても気分が良かった。旅をしながら手笛を広めてくれると言ってくれた生徒さんもいた。僕はこの場所で自信を得ていた。学校には世界で書道のバスキングを行った経験者もいたが、大いに応援してくれた。話を聞いていて、バスキングをすることは容易く思えた。ただ、書道と手笛には天地の開きがあることを僕はこのとき自覚すべきだった。

 

 この後、旅を始めて僕は地獄を見ることになる。今思うことだが、この学校は人の考えを尊重し、否定せずすべて受け入れ、温かく応援してくれるような場所だった。なかなか特殊な環境だったのかもしれない。はたして手でドレミファソラシドと吹けるだけで、人が感動して足を止め、拍手をしてチップを渡すだろうか。バスキングは容易いと勘違いしていた僕だが、結局、フィリピンでは一度も路上に立つことはなかった。フィリピン人の先生から、フィリピンでは手笛は珍しくないとアドバイスをされたことと、物価の安い国でやっても仕方ないと思い込んでいたことが理由だが、本当は気づきたくなかっただけかもしれない。

 

僕は根拠のない自信を持って、フィリピンを後にした。

 

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